インプラントを活用した
入れ歯(義歯)治療
治療計画
この患者さんの治療計画についてお話しします。歯科治療を受けることは決して楽ではありませんし、ご高齢の方にとっては尚更です。大掛かりな治療はこれで最後にするべく、後々にとって不安な要素はできるだけ排除したかったのです。
そのためには抜かなければならない歯もありました。下顎の義歯を固定するためには両端の歯に連結させなくてはなりませんが、その負担のせいで残存歯が弱ってはなりません。連結装置がかかってもびくともしないように、残せる歯はすべてブリッジで繋げます。そして患者さんはインプラントを活用する意味をご理解くださいました。インプラントが支えとなり粘膜への負担が激減、噛む力を発揮しやすくなると同時に、ボタンアタッチメントのおかげで外れにくくもなります。
通常、食事中に義歯が上下することによって連結装置がかかる歯が揺さぶられ、歯根が弱ってグラグラになっていく場合が非常に多いのですが、義歯をインプラントで支えることによってブリッジの歯根への負担をさらに減らすことが可能になります。
上顎は総義歯も粘膜に固定させるためにインプラントの活用を検討しましたが、残念ながら歯槽骨のコンディションがよくなかったため、断念せざるを得ませんでした。
初診時 上顎
初診時 下顎
使用していた入れ歯(義歯)
義歯を安定させるための工夫
欠損修復の一つにインプラントがあります。通常は人工歯根の上に土台を建て歯を被せますが、義歯の沈み込みを防ぐためのストッパーとして活用することもできるのです。さらにインプラントのてっぺんにボタン状のアタッチメントを装着することで、義歯の浮き上がりを防ぐこともできます。インプラントの有効活用した入れ歯(義歯)治療一つです。
仮の歯は単なる仮歯ではない
ブリッジと義歯、おまけにインプラントが絡み合って一つの噛み合わせを作る治療は極めて複雑です。治療期間も長くなるでしょう。この患者さんの治療期間はまる一年かかりましたが、噛み合わせの位置がはっきりしていたのでむしろ一年だけで済んだといえるかもしれません。
車を車検に出している間は、代車を借りないと仕事や生活に支障をきたします。多くの歯を同時に治療する場合も、その期間中は仮歯を使用しないと食事はできませんし、仮歯が美しくないと人前にも出にくくなるでしょう。
今回の仮歯の素材は劣化しやすいプラスチックです。一時しか使わないものですし、機能もある程度までしか回復できません。しかしだからといって無頓着に作ると、最終的なクラウンの適合制度が不十分になったり、見た目のバランスが悪くなったり、噛み合わせがずれてしまう恐れがあります。その時の修正には途方もない手間がかかり、患者さんや歯科医師にとって不毛の労力が強いられます。仮歯は、最終的な見栄えや機能的な形態を決定するための目安となります。仮の歯とはいっても、とてもとても重要な役割を担っているのです。
歯根の治療、歯周治療を経て、歯肉や噛み合わせの状態、見栄えなど、仮歯の段階で全てに問題がなければ、あとは最終的なゴールに向かってまっしぐらです。
蝋で縁どり
シリコンで全体の仕上げの型採り
義歯を安定させる丁寧な型採り
歯科治療の真髄は、型採りにあるといっても過言ではないかもしれません。
取り外し式の義歯は柔らかい粘膜の上に乗っているので、吸盤がガラスに張り付くのと同じ原理で、総義歯は吸着力で粘膜に吸い付きます。しかし食事中はものを噛んだ側は沈み込み、反対側は浮き上がる動きを示すので、吸着力が弱いと義歯は食事中に簡単に外れてしまいます。ものを噛んでも義歯が外れない吸着力を得るためには、義歯の縁にあたる部分をいかにして粘膜に密着させるかが最も重要であり、そのための型採りが上手にできるかどうかが結果を分けます。
自費の義歯の場合は、まず柔らかく溶かしたピンク色の蝋をトレーの縁に貼り付け、口腔内に運び入れてから患者さんに頬の筋肉を動かしてもらいます。やがてロウは固まりますが、この操作は1回で済みません。義歯の全周にわたって、何度か繰り返しおこないます。最後にシリコンで全体の仕上げの型採りをおこなうと、粘膜に密着して空気が入りにくい、かつ筋肉の動きに邪魔されない義歯の型採りが可能となります。
適合が悪く隙間の空いた
セラミックスクラウン
ブリッジの型採りは、
複雑だからこそ手間を省けません
実際の治療の段取りは非常に複雑です。特にブリッジの場合は多数歯が連結しているので、適合精度を高めるために日を変えて何度か型採りしなくてはなりません。
神経がある歯の場合は、その都度麻酔が必要です。患者さんは「前回も型採りしたのになぜ今日も?」と不思議に思うでしょう。ここではあえて詳しくご説明いたしませんが、型採りの回数を省くだけで被せ物の適合精度が極端に低下してしまいう恐れがあります。
左右の黒いパーツ(黒丸)
レール状のアタッチメント(黄丸)
技工師さんの職人技
型採りは歯科医師の責任ですが、実際に修復物を作製するのは技工師さんです。若い技工師さんは日々腕を高め、ベテランの技工師さんはさらに上を目指します。
下の義歯を裏返すと、左右ひとつずつ黒いパーツ(黒丸)が埋め込まれています。このボタン状のパーツがインプラントの頭にパチッとはまります。インプラントの支えで義歯は粘膜に決して沈み込まないので、硬いものを強く噛んでも粘膜は傷つくこともありません。ガムやお餅を食べても義歯はほとんど浮き上がらないでしょう。
もう一つの工夫が、レール状のアタッチメント(黄丸)です。通常は金属のワイヤーが歯の周囲を取り囲むようにして義歯を固定します。仮歯の時の義歯のバネの形がその形でした。義歯側とセラミックスクラウン側に取り付けたオスメスのレールで義歯を固定しますので、動きの少ない義歯を作ることが可能です。さらにワイヤーが露出しないので、周りの人から義歯を入れていることを気づかれないでしょう。ちなみに、今このタイプの義歯を作れる技工師さんはほとんどいなくなりました。
職人技が求められる複雑な修復装置も多く、特に自費診療の場合は仕事を安心して任せられる方が限られます。そのような腕の立つ技工師さんの力をお借りしながら、患者さんのお口の中に入るセラミックスクラウンやブリッジや義歯が完成します。
※保険の義歯の場合は、金属のワイヤーが露出します。